お守り


神社で手に入れるお守りの中身がどんなものが気になることはありませんか?

開けてみたいけれど、開けたら罰が当たるとか、お守りの効果がなくなるとか…いろいろと言われているので、なかなか中身を確認することが出来ない人も多いです。

ここでは、はそんなお守りについてお話します。

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お守りを開けたダメ?

お守りは開けてはいけないと言われたことはありませんか?

お守りを開けたら最後、効果が聞かなくなるとか、悪い運が来るとか、罰が当たって良いことがないとか、いろいろと言われています。

人目に触れるとダメ

実際に、お守りは開けないほうが良いです。

というのも、元々神の力が宿っているといわれるお守りは、人目に触れてしまうとダメだとされています。

実際にお守りを開けて罰が当たった人や運気が下がった人を見たことはありませんが、人目に触れてしまうと、あまりいい効果が得られないと言われています。

中身を疑うのはダメ

また、お守りは絶対的な信用の下に成り立っています。

そのため、お守りの中身を疑って確認することは、自分が周囲から疑われて尾行されたり、干渉されたりするようなことに似ています。

自分が大切な人や信頼している人から疑われたらショックです。

神様も、その力を疑っている人にはご利益など与えてくれないかもしれません。

そういった意味でも、お守りを開けたら効果が無くなってしまう…などと言われるようです。

中身は意外と…

お守りの中は、何も書かれていない木の板や紙切れが入っていることが多いです。

もしお守りの中を確認して紙切れしか入っていなかったり、何も書かれていない木の板が入っているだけだと「え?これだけ?」と少しガッカリしてしまいそうです。


目に見えない神の力による期待を、何も書かれていない木の板や紙切れを見ることで、その期待を裏切ってしまうことから、効果が軽減されるともいわれています。

実際には、お守りの中に入っている木の板や紙切れは、しっかりご祈祷されており、その効果は十分あります。

なのに、期待を裏切ってしまうような中身にがっかりすることで、お守りへの信用度が少なくなってしまうことが原因として考えられるようです。

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そもそもお守りは…

そもそもお守りは、神様への信仰心です。

神様自体、目に見えない存在ですし、どこにどのような形で神様が存在しているのかを知る術はありません。

その代わりに、神様への信仰心を持つことで苦悩から救われたり、良い運気が回ってきたり、その効果が得られます。

その一つの手段を形にしたものが「お守り」なのかもしれません。

いつでも神様はそばにいてくださると思うその信仰心が、その人の心を清め、正しい道へ導いてくれるのでしょう。

要するに人の心の問題?

「お守りも要は人の気持ちでしょ?」と言われたら、そうです。お守りを持って守ってくれることを信じるのも信じないのもその人次第です。

ですが人は、何か悪いことがあったら「運が悪かった」と思うでしょう。

しかし、良いことがあったら「運がよかった」と思います。


もしお守りがあれば「お守りに救われた」と思うでしょうし、「お守りがあったから被害が少なくて済んだ」と思うでしょう。

いわば、お守りの存在が、人の気持ちの受け皿になっているとも考えられます。


神様を信じているのにお守りを持っていない人もいますし、神様なんて存在しない!と豪語しているのに、財布の中には金運UPのお守りが入っていたり…要は、お守りに対する人の気持ちが、どれだけご利益を得られるかという部分に繋がってきそうです。


とは言え、確かに神様の力が影響していることは事実としてありそうです。

単なる偶然に思えるような出来事にも、必ず繋がる必然性があるといわれます。

すべての物事に偶然性はなく、すべては運命として定められているモノであり、それが神のお力によって成立するものなのだ、と言われる方もおられます。


逆に、世の中には神は存在せず、すべての出来事は自分の過去の行いによって決まることであり、自分の行いは全て未来の自分や自分の子孫に影響するものである、と言われる方もおられます。

最後に

いろいろな人がいろいろな考えを持っていますから、お守りの中身は開けないほうが幸せに過ごせるのかもしれません。

「知らぬが仏」とはいい言葉です。

本当の事実を知らないほうが、信仰心から自分自身を救い強く生きられるのかもしれません。


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